日誌

明治の第九小学校(記念誌「あしっこ」から)


明治維新後江戸から東京に変わった頃
砂川村の流泉寺の本堂を学びの場として
読み書きそろばんの村塾ができました。
そして、明治5年学制発布を受けて、
「西砂川学校」という名で開校しました。
(創立はこの年から数えます。今年創立
 148年目になります。)

流泉寺の境内にあった学び舎の図です。
右のおおけやきの木に、3人くらい入
れる洞穴があって、よく遊んだそうです。

明治33年に、今の二番の地に西砂川
尋常小学校ができました。初代校長の
小安傅先生が、村内の寺子屋や学校を
一つにすることで、村の教育への意識
を一つにするという事も考えられてい
たそうです。この図は復元図ですが、
金庫の中に大切にしまってあります。

当時の校舎です。よくぞ写真がありまし
たね!開校式は盛大な華やかだったそう
です。開校記念日というとこの明治33年
11月27日になります。(今年で開校
121年目)第二回(!)パリ五輪や、都電
ができた年。

明治43年から、当時ではめずらしい校服
を小安校長先生は採用されました。村の中
には暮らし向きが厳しい家もあり、安くて
丈夫な木綿で染めたものなのは、そのため
です。誰もが通える学校を目指した当時の
気概を感じます。
(出典 創立百周年記念誌「あしっこ」より)