校長日誌

いしずえ

いしずえ211


■平成3年までつめえりの学生服が標準服でした。今の標準服になったのはどうや
ら平成4年からのようです。一中生のスクールライフも一年ごとにはわかりません
が10年、20年で比べると大きな変化がみられます。50周年記念誌に、校区内
に「上の原駅」があったという記述があります。青梅線の単線(短絡線)に確かに
「上野原踏切」があります。ディーゼル車に引かれた貨物列車が発着していたそう
です。さっそく駅の跡をさがしてみようと思います。 (10月27日飯田芳男)

いしずえ210


■今日は元日から数えて299日目です。明日で300日。私の一日は長いですが
一年は早いです。でも学校生活の後半戦は、まだたっぷりあります。皆さんの活躍
を祈っています。今週は富士山が雪でおおわれています。「富士山は、すそ野が広
いから高くそびえる」と祖父が口をすっぱくして言っていました。「土台が大事」
ってことかなと、富士山をながめながら祖父の言葉を思い出していました。
                         (10月26日飯田芳男)

いしずえ209


■校庭にラグビー部のゴール跡がありました。撤去しましたが「一中ラグビー部」
の歴史をさぐってみました。資料からは平成5、6、7年に関東大会に出場してい
ました。この年までの記録がありますが、ラグビー部がいつごろまであったのかは
機会をみて資料を探してみようと思います。手がほこりだらけになったので、セピ
ア色の封筒も開いてみました。サッカー部が北海道の全国大会に出場。3位になっ
た記事でした。全国3位ってすごいですね。きっと、今51歳前後の皆さんですね。
古い時代の資料を手にしてしまうとあっという間に時間が過ぎます。管理員さんが
鍵をかける時刻になりました。           (10月25日飯田芳男)

いしずえ208


■先日、知り合いのおソバ屋さんが、寒くなると天ぷらそばの注文が増えると言っ
ていました。まったくその通りだと思います。以前は、小学校でもこの時期、天ぷ
らそばの注文が増えていたはずです。熱心な教員がポケットマネーで天ぷらそばを
注文し、「世界と結びつく食材」の授業に役立てていました。日本的な献立ですが
えび、油、小麦粉等輸入食材も多く、天ぷらそばは、学習に役立ちました。今は動
画を使えば用が足ります。でも、醤油やみりん、だしのきいたにおいが伝わりませ
ん。つゆのにおいは、学習の意欲をかりたてました。しかし、令和ではありえない
授業です。                    (10月24日飯田芳男)

いしずえ207


■今日は津軽弁の日です。ある青森出身の文化人が、「どごさ行ぐの」「湯さ行く
ど」の言い方が「どさ」「ゆさ」で済んでしまうということを紹介していました。
津軽の冬は厳しいですが、交わす言葉はいつも温かいです。今日は「津軽」に浸っ
てみます。                    (10月23日飯田芳男)