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校長日誌
いしずえ
いしずえ193
■今日は語呂合わせもあって『アメリカンドッグの日』だそうです。一中生の皆さ
んにとっては珍しくない食べ物でしょうが、私が子どもの頃は画期的な食べ物で、
それはそれはごちそうでした。富山県の製造会社が制定したようです。さて、10
と9でたくさんの記念日がある日です。まさかとは思いましたが『塾の日』でもあ
りました。例え語呂合わせでも、記念日というのは楽しいものです。
(10月9日飯田芳男)
いしずえ192
■今日は十三夜の月です。新月から数えて13日目です。満月には少し欠ける月
です。昔の人は十五夜と十三夜の両方を楽しんだようです。両方合わせて「二夜
の月(ふたよのつき)」と言うそうです。十三夜は日本固有の行事です。収穫に
感謝をするので豆名月、栗名月と呼んでいます。余談ですが、農水省の定義では
栗は果樹、つまり「くだもの」なんだとか。どうしてなのでしょう?来年の十三
夜は10月27日(金)です。そのころまた調べてみます。
(10月8日飯田芳男)
いしずえ191
■読売中高生新聞に『誤用だ 御用だ』のコーナーがあります。今日は『火中の
栗を拾う』か?『渦中の栗』なのか?がテーマ。正解は『火中』で、「渦中」が
誤用でした。いろりで栗が焼けるのを見ていた猿が「君の腕の見せ所だ」と猫を
おだて、猫は熱い灰をかき分け苦労しながら栗を拾います。猿は食べるだけ。猫
は不機嫌になるというフランスの寓話が言葉の由来だとか。記事には『日本では、
人のために面倒なことを引き受ける決意を示すときに使われる』とありました。
我が身を振り返り、「猿の立場が多いな」と猛省です。 (10月7日飯田芳男)
いしずえ190
■突然冬がやってきました。♪冬が来るま~え~にと、熱唱するのが日課でした
が、もう冬です!キンモクセイの香りがどこかへいってしまいさびしいですね。
校長室の蚊は、息も絶え絶えにふらついています。一昨日の大汗は何だったので
しょうか。今の気温は札幌と同じです。一中生の皆さんが風邪をひかないことを
願っています。 (10月6日飯田芳男)
いしずえ189
■気温が急降下と報道されていました。天気予報では、「前線が下がって寒気が
下りてくる」とのこと。簡単にアナウンスされますが、私は「前線」って前とい
う字があるのに、なぜ下がるのか?不思議です。見えないものだけに、いまだに
説明ができません。赤道って赤いんですか?と質問した中学時代は今も夢に見ま
す。しっかり顔は赤かったはずです。 (10月5日飯田芳男)
いしずえ188
■10月は「神無月」です。平安時代の歌人藤原清輔は、奥義抄(おうぎしょう)
以来の説として「この月は、出雲大社に神様があつまるのでその辺の神社が空っぽ
になる」と言われています。では今月は、出雲大社がどれほどにぎわうか興味深い
です。出雲大社を鳥取と勘違いする人も多いですが、神様は一目散に島根ですね。
(10月4日飯田芳男)
いしずえ187
■月ごとのカレンダーの枚数が少なくなりました。「おせち料理の申し込み」とい
うポスターを見ると「季節の移ろいの早さ」を感じます。私が中学の卒業式に思っ
たのは「中2の秋からが早かった」ということでした。以来人生の分母が大きくな
ると、大人がよく言う「一年があっという間だった」を実感します。私は「秋」を
短く感じる体質(?)だからかもしれません。金木犀の香りに、ついたそがれてし
まうこの頃です。 (10月3日飯田芳男)
いしずえ186
■国語世論調査の結果を読み続けていました。またまた自分の間違いに気が付きま
した。『割愛する』という言葉の意味を間違えていました。「不必要なものを省く」
とか切り捨てるという意味で使っていました。本来の意味は「惜しいと思うものを
手放す」とのことです。日本語は奥深いです。国語辞典を熟読する決意です。
(10月2日飯田芳男)
いしずえ185
■文化庁の国語世論調査が発表になりました。「姑息」の本来の意味は、「一時
しのぎ」です。私は73.9%の人が回答したように「ひきょうな」という意味だと
思っていました。今まで間違って使っていました。冷や汗が出てきました。しっ
かり学び直します。 (10月1日飯田芳男)
いしずえ184
■「一中の校庭は広い!」ある生徒が言っていました。でも小さい頃は、保育園や
幼稚園の園庭が、とてつもなく広く感じたのではないでしょうか。子供のころ見た
光景は、大人になって眺めると「何かちがう?」という場面も多いです。でもそれ
が楽しいですね。私が今朝、ミョウガを食べました。子供の頃は食べられませんで
した。年を重ねると、できることが増えていきます。ということは「今日より明日
は確実に成長している」と私は思うことにしています。 (9月30日飯田芳男)
いしずえ183
■校門近くにいると、キンモクセイの甘い香りがします。木犀の「犀」の字はサイ
です。モクセイの幹肌が、皮膚の堅い、動物のサイに似ているので「犀」をあてた
のが通説のようです。なかなか幹は見ませんが、今度良く観察してみようと思いま
す。白い花のギンモクセイは見かけなくなりました。香りがしないので探しにくい
ですね。なんとか見つけようと思います。だいだい色のキンモクセイの開花時期は
5日くらいです。大事に秋を楽しみたいですね。 (9月29日飯田芳男)
いしずえ182
■生徒が、生徒会活動や委員会活動に力をそそいでくれる姿に接すると嬉しくなりま
す。自分の時間を人のために使って活動してくれて頭が下がります。思えば家事もそ
んな一面があります。私は中学生の時は、風呂にお湯をいれることはやりましたが、
炊事、洗濯、掃除は親がやっていたので今になって感謝する日々です。私も皆さんが
何かをやってくれることに甘えず、あらためて心配りに励もうと思います。
(9月28日飯田芳男)
いしずえ181
■先日数年前の手帳を見ていたら、9月の朝礼の話のメモが出てきました。それは、
小学生向きの童話の引用です。『王様とお弟子さんの行列を出迎える時、お金持ちは
千頭の馬に、二千樽の油を運ばせて大通りの左右に明かりをともしました。でも都の
はずれの少女は、行列を歓迎したいのに、明かりをともす台も油ももっていません。
もちろんお金もありません。そこで少女は自分の髪を切り落とし、それを売り、一番
安い明かり台と少しの油で明かりをともし、大通りのはずれで行列を待ちました。さ
て、行列が近づくと王様に良いところを見せようとしたお金持ちの明かりは、強い風
が、一つ残らず消してしまいました。でも少女のたった一つの明かりだけは、あたり
を昼間のように照らし、決して消えませんでした。』心をこめて用意した一灯を皆さ
んはどう思いますか?……もっとうまく話したかったなと、手帳を閉じました。
(9月27日飯田芳男)
いしずえ180
■歌声が校長室まで届きます。本番当日に向かうにつれ、ハーモニーの美しさが際立
っていくことでしょう。私が中学生の頃は、文化祭で、グループごとに歌や劇を発表
するスタイルでした。習ったばかりの英語なのに、「明日に架ける橋」や「イマジン」
等、サイモン&ガーファンクルやビートルズをギター片手にうまく歌う友人がうらや
ましかったです。私は一中生の皆さんの歌声がうらやましいですね。中学生にもどり
たいです。今日は3年生の歌声が心に響きました。 (9月26日飯田芳男)
いしずえ179
■春分の日、秋分の日は昼と夜の長さが同じと言われていますが、数日のズレがある
ようです。明日の日の出が5時32分、日の入りが5時33分です。それはそれとし
て「昼」と「夜」が同じくらいの長さのこの時期は、なんともおもむきがあります。
私は、一年中昼と夜が同じなのがいいなあと思いますが、「秋の夜長」「秋の日はつ
るべ落とし」という言葉が活躍できないのはさびしいですね。さて、新しい週が始ま
ります。秋の深まりも楽しみたいです。 (9月25日飯田芳男)
いしずえ178
■お彼岸の頃、和菓子屋さんはにぎわっています。おはぎを買い求める人も多いから
でしょう。春はぼたもち、秋はおはぎ。先人のネーミング(?)センスはさすがです。
子供の頃、我が家のおはぎは大きくて茶碗に入れて食べていました。祖父母は「茶碗
の大きさや箸の長さが、大人用、子供用と違うのは日本人の思いやりだ。」と言って
いました。私は箸を止めずにバクバク食べ、祖父母の話をスルーしていました。でも
今では、箸を止めて思い出しています。 (9月24日飯田芳男)
いしずえ177
■今年のイグ・ノーベル賞に「丸っこいものを回転させる時の指の動き」を解明した
大学の先生が選ばれました。工学賞部門での選出です。「人々を笑わせ、深く考えさ
せた研究」に贈られるのがイグ・ノーベル賞です。文学賞は『法律文書を不必要に難
しくしている原因の分析』が選出されています。ひょっとして『飯田校長の話はなぜ
眠くなるのか』の研究が進められているかも?よ~く自分を振り返る週末です。
(9月23日飯田芳男)
いしずえ176
■今日のコボちゃん傑作選は、ピーマンが苦手のミホちゃんが主役でした。ピーマン
が苦手という人は、一中生の皆さんのなかにもいるかもしれませんね。でも大丈夫で
す。私の経験では、大人になると野菜嫌いは解消すると思っています。また、先日は
「ニンジンが好き」という子供が増えているという報道を聞きました。ニンジン作り
の農家さんによれば「昔より糖度を上げている」そうです。あちこちで人々のニーズ
に合わせる努力を伺い、背筋が伸びることの多い毎日です。
(9月22日飯田芳男)
いしずえ175
■生徒会役員選挙の立会演説会の日なので、生徒会の歴史を調べてみました。初代
生徒会役員の誕生がいつなのかが気になったのですが、結局わかりませんでした。
判明したら一中生の皆さんにお知らせしたいです。ところで記録をひもといていく
と、卒業生からの興味深いエピソードに遭遇、時間が経つのを忘れるほどでした。
その中の一つ『当時は、全員お弁当でした。門を出て左に行き、左の角の喫茶店が
昔はパン屋で、そこで時々パンを買って登校するのが楽しみだった…』とのこと。
早速歩いて検証をしてみました。面影はありません。でも、卒業生の大事な思い出
を肌で感じ嬉しかったです。いい風吹が吹いていました。(9月21日飯田芳男)
いしずえ174
■気温が下がりはじめました。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉通りです。夏の
終わりといえば、高田敏子さんの詩に「忘れもの」という作品があります。夏休み
を「キミ」と称した詩の一連『…だがキミ!夏休みよ もう一度 もどってこない
かな 忘れものをとりにさ…』という言葉は意義深いです。「前に進むだけではあ
りません。時々、何かを取りに戻ってみませんか」と言われている気がします。
(9月20日飯田芳男)