日誌

2021年8月の記事一覧

明治、大正と昭和の話


北校舎裏に立っている、初代校長の小安先生の顕彰の
碑です。明治33年に高等科を併設し、今の地に移転
「西砂川尋常高等小学校」に改名。その日が、11月
27日で華やかな式があったようです。以後この日を
開校記念日としています。

そしてこの日に、小安先生は校長先生として着任され
大正9年12月28日まで20年4ヶ月の長きに渡り
勤められました。この碑は大正10年の開校記念日に
父兄会と同窓会によって、建てられました。

学校だけでなく、地域の名士として、青年の教育にも
力を入れるなど、この地域のそして第九小学校の礎を
築いてくださいました。そのことが顕彰の碑に漢文で
刻んであります。この話何度もしていますが、本当に
すごい業績を九小や砂川の地に残された方です。

さて今日は、長崎の平和記念式典がありました。残された
學校日誌には、9日に長崎について何も記述もありません
でした。ところで、終戦までの一年間くらい、砂川地域に
空襲警報や実際に爆弾が落ちたりしたとのこと。この4月
3日・25日にも、一番地区に爆弾が落ち、犠牲者が出た
そうです。横田と立川の2つの飛行場や、軍需工場があっ
たためのようです。(100周年記念誌「あしっこ」より)

話は戦後になります。昭和30年から45年位まで、
毎年夏休みに「緑陰子ども会」という勉強会を開き
ました。以前にもお話しましたが、班長さんの農家
の庭先や、裏山の木陰、お宅にお邪魔してなど、涼
しいところに長板を使った長机で、勉強しました。
今も昔も、地域の力のおかげもあって、九小の子ど
もたちは学んできました。夏休みも学習を頑張るの
が、九小の伝統ですね!