日誌

2020年2月の記事一覧

Hello校長室324


■今日は昨日より寒く感じます。全国の校長先生が大好きな「三寒四温を繰り返して
春が来る」という言葉通りの日となりました。三日ほど寒さが続きそのあとで、四日
ほど暖かい日が続く春先の気候の様子を指す言葉ですね。ただ使い方としては元々、
中国北東部、朝鮮半島北部の気候を示す言葉だったそうです。でも日本では1~2月
に使うのがふさわしいという説が有力です。さて今日は18日、あっという間に2月
も半ばを過ぎました。しかし子供が「もう2月が半分以上過ぎたね」なんて言いませ
んね。まして乳幼児が「1月行く、2月逃げる、3月去る」なんて言いません。生き
ることに一生懸命だからです。私?この言葉、連発してます。
                           (2月18日飯田芳男)

Hello校長室323


■生徒会朝礼がありました。いつものように放送委員が、体育館後方からマイク音量
のチェックを行っています。右の写真では、赤い矢印を顔の前に置き「音量下げて」
という指示をしています。OKの時は「◎」の表示板を掲げています。陰になって働
く人がいるので晴れの舞台が整います。ありがとうございます。ところで、左の写真
の大きな目玉のような機械が、体育館のエアコンです。『ぐっぴーバズーカー』とい
います。9機設置されました。二中の仲間入りです。暑いとき、寒いとき、二中生の
ようにしっかり働き、誰からも愛されるエアコンでいることを期待します。
                           (2月17日飯田芳男)

Hello校長室322


■正月休みに教え子の応援に全国高校サッカーの会場に行きました。どちらも優劣を
つけらない好ゲームでした。勝敗はPK方式での決着となりました。4番目の選手ま
でで4対3です。後攻の選手が決めれば5対4で決着です。ところが勝利目前の5番
手はゴールを外しました。6番手は両チームが決めて5対5です。7番目の選手は先
攻が外しました。後攻はゴールキーパーがキッカーです。スタンドは静まり返りまし
た。見事ゴールが決まりました。両チームが号泣しています。数分後両チームが並ん
でスタンドにあいさつに来ました。応援席でも涙をこぼす人が目立ちました。負けた
ら終わりの世界でこれだけ力をだした経験は、誰もが一生忘れないだろうなと思いま
した。私は時々、自分がなまけそうになると、あのシーンを思い出しています。
                           (2月16日飯田芳男)

Hello校長室321


■今日は株式会社国立音楽院が制定した「次に行こうの日」です。「つ〈2〉ぎにい
〈1〉こう〈5〉」私が大好きな強引な語呂あわせです。1月5日は果物のイチゴの
日ではなく、「15歳を応援する日」だそうです。果物のイチゴに関する記念日は、
どうやらなさそうです。今は一年中おいしいイチゴをいただくことができます。私が
小学生の頃は5月頃が旬でした。それも値段が高いものでしたので、我が家は、少量
のイチゴに牛乳と砂糖をかけ、イチゴつぶしスプーンでつぶして食べました。今はあ
りえません。麦茶に砂糖を入れていた我が家でした。お恥ずかしい話です。では「次
に行きましょう!」                  (2月15日飯田芳男)

Hello校長室320


■暖かくなりました。いよいよ全国の校長先生が大好きな、嵐雪の句が登場
する時期になりました。『梅一輪一輪ほどのあたたかさ』という句です。こ
の「ウメ」の読み方は、私が小学校のゲストティチャーで招いた金田一春彦
先生は、「ンメ」と発音するのが正しいと述べていました。でもこの頃(平
成11年頃)はウメと発音する人が増えたと言ってました。金田一春彦先生
は、この傾向は歓迎すべき変化だと著書でも述べています。さて今日本校の
先生が生徒に「あと十分ね」と声かけをしました。「あとじゅっぷん」とい
う文字通りの発音です。ふと私は、「じっぷん」と言うべきだろうと思いま
したが打ち消しました。こだわりません。時はながれていますから。  
                       (2月14日飯田芳男)

Hello校長室319


■日本で誰もが一斉に「苗字」をつけるようになったのは、明治八年2月13日
です。金田一春彦先生によれば、多くの庶民が、その土地の物知りや、庄屋さん
に駆け込んで苗字をつけてもらったそうです。庄屋さんも、そうそう良い苗字が
思いつかず、「松があるから松木さん、川の前だから前川さん」ということもあ
ったというエピソードが「ことばの歳時記」にありました。私は飯田ですから、
その論法でいくと、田んぼの近くに住んでいたからかもしれません。でもまあ、
使い込んだ苗字ですから一応?愛着はあります。ところで、私は出席簿順がいつ
も上位でした。時には1番でした。しかし小学校1年の時40人中35番でした。
五十音順なのに。私の名前が「はんだ」と読まれたという衝撃的な理由からでし
た。5月頃、誰も気づかぬうちに1番に変更になりました。のどかな時代でした。
                          (2月13日飯田芳男)

Hello校長室318


■読売新聞こどもの詩に、中1女子の「冬の朝」という詩が掲載されていました。
紹介します。『部活の朝練があるから 朝早くに家を出る 友達と合流して
くっつき合って歩いてく 白い息をいっぱい出して 毎朝大笑いしている
そんな時間が一番好きだ』という内容です。「そんな時間が一番好きだ」のところ
が輝いてますね。私も中学の時は友達と談笑するのが至福の時でした。この詩を
かみしめるように読んで、中学校生活をやり直したいと思いました。ところで、
中学時代は、友人との待ち合わせで「アポを取る」なんて誰もしなかったのを思
い出しました。詩にあるように、友達とタイミングよく合流していたのが常でし
た。また、会いたい時は家の前で「い い だ クン!」等と吠えまくっていま
した。呼べば必ず友人が出ててきます。いないなんてあり得ませんでした。そう
いえば、そのころ私の父はこう言ってました。「子供に予定はない!」と。
                         (2月12日飯田芳男)

Hello校長室317


■時々、NHK教育テレビを見ます。3チャンネル見た?等と言っていたら近頃
Eテレと呼ばれています。2011年、平成23年にEテレがチャンネル名に採
用されています。私が子どもの時、「明るいなかま」は、道徳の時間の人気番組
でした。今笑点の座布団運びで人気の山田隆夫さんが出演していました。番組を
見て道徳的価値を学んだかは別にして(?)、今も覚えているのでいい番組だっ
たと思います。祝日はテレビ番組が平日バージョンのことが多く新鮮です。今日
は建国記念の日です。祝日の意義も学び直そうかなと思います。
                         (2月11日飯田芳男)

Hello校長室316


■私が私立高校入試の日は大雪でした。電車はノロノロでした。3時間も前に家
を出ましたがぎりぎりの到着でした。40年以上前のことです。遅刻しても試験
は普通にはじまりました。遅れても受けられましたが、試験開始時刻の繰り下げ
などない時代でした。親が送ってくれるわけでもないですから会場に行くまでが
闘いでした。入試に無関心な両親が「雪がひどいから明日にすれば」と言ってま
した。こんな両親で救われました。プレッシャーはありません。試験の出来は良
くなかったです。しかし握りしめた受験票、番号は「222」 落ちないことを
確信しました。数奇な運命はここから始まったのです。(2月10日飯田芳男)

Hello校長室315


■毎年のことですが、市民体育大会の閉会式で「立川市民歌」を歌います。私は
歌詞カードを見て歌いますが、諸先輩は大きな声で歌詞を見ずに歌います。この
頃、小中学校で指導していませんが、皆さんどこで習得されたのでしょう。明る
いメロディーの歌です。その歌詞で立川が「大立川」と歌われています。そうい
えば、八小の校歌には、「大砂川」という歌詞があります。郷土への愛着が歌詞
に表れています。砂川七番の駅に、ウド農家の切り絵が掲げられています。思わ
ず足をとめました。今宵満月も郷土を照らすことでしょう。(2月9日飯田芳男)