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日誌
校長室から
Hello校長室44
■オムレツがおいしい給食でした。デミグラスソースも美味でした。
私が子供の頃はケチャップでした。何を作ってもかけたのはケチャッ
プでした。ケチャップというのは、サケ(鮭)をケイとよび、ケイ・
チャップという魚醬だそうです。ホーロー語が語源だということです。
私の言うケチャップはトマトケチャップです。スパゲティナポリタン
では大活躍しています。この頃復活したスパゲティナポリタンですが
ひところは片隅に追いやられていました。パスタとよぶようになった
ころからナポリタンが消えかけてきました。でも今は息を吹き返した
感をうけます。二中生の皆さんはケチャップ味は好きでしょうか。明
治生まれの祖母は目玉焼きにケチャップをかけていました。父が嫌が
っていました。父はカレーにソースをかけていました。そしてコップ
の水にスプーンをつけて食べ始めます。祖母が嫌がっていました。恥
ずかしい我が家の慣習です。内緒にしてください。
(5月14日飯田芳男)
Hello校長室43
■八十八夜が過ぎて久しいです。西武新宿線や池袋線沿いの茶処では
霜除けのファンを回しています。忘れ霜への警戒を怠らないのが偉大
です。さて週が明けました。体育ではハードルが登場しました。小学
生の頃より、頭が上下しません。「またぎ越す」という感覚で跳んで
いて感心しました。二中生の皆さん、ハードル走での目標への達成感
は、50m走や100m走を大きく上回ることでしょう。まっすぐ走
るだけでなく、目の前に課題が立ちはだかるので、やりがいがありま
すね。ぜひ頑張ってください。私は、サニブラウン選手が9秒99を
出したので、日曜の昼下がり、自分も9秒99分、走ってみました。
50mもいきませんでしたよ。生き絶え絶えで、勝手にレースを終え
ました。人生のハードルは高いです!! (5月13日飯田芳男)
Hello校長室42
■今日12日は、フローレンス(フィレンツェの英語読み)・ナイチ
ンゲールの誕生日にちなんで「看護の日」です。ナイチンゲールは、
1854年、クリミア戦争での負傷兵の扱いに心を痛め、看護師の道
を歩み始めたと言われています。諸説ありますが伝記を読むと、トイ
レ掃除に力を入れることから、ビクトリア女王の支援を取り付けるこ
とまで、たくさんの業績があり、クリミアの天使と呼ばれる活躍ぶり
だったそうです。今もある「白衣の天使」という呼称はナイチンゲー
ルの種々の偉大なエピソードに由来するようです。「天使とは、美し
い花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」と
いうナイチンゲールの言葉に背筋を伸ばした私です。
(5月12日飯田芳男)
Hello校長室41
■青葉繁れるころになったなあと思ったら、今日の読売新聞のコラム
で取り上げられていました。井上ひさしさんは『青葉繁れる』という
青春小説を出版しています。井上さんは波乱万丈の子ども時代をおく
ったようで、小説にも反映されています。私は中学、高校と、笑いた
いとき井上さんの「ポッキンポット師の後始末」を読み、根性を発揮
したいときは、新田次郎の「孤高の人」を再読していました。あっ、
泣きたいとき、最近では「君の膵臓を食べたい」をパラパラ読みしま
す。二中の皆さん、中間考査のふりかえりをしつつ、鋭気を養う週末
にしてはいかがでしょうか…。 (5月11日飯田芳男)
Hello校長室40
■中間考査がおこなわれました。誰もが良い結果を得られることを願
っています。1年生の皆さんは緊張したことでしょう。これから何度
か経験していくうちに勉強のコツを体得していきます。応援していま
す。私自身は、中1での緊張感を保つことができず、中2で中だるみ
し、この暗黒時代をとりもどすのに3年生ではとても苦労しました。
友人の「おれ、全然勉強してねえよ」というセリフにつられ、なまけ
ていたら悲惨な結果が待っていました。仲の良い友人も成績と進路は
一緒に付き合ってくれないということを学びました。「きちんと青春
しよう」って実感した我が中学校時代です。(5月10日飯田芳男)